幕末最後の仇討ちの地「一本杉の仇討ち」

浦和の暮らし

2015.07.03 UP

時は、江戸時代末期、いわゆる幕末の時代、水戸藩家臣・宮本鹿太郎とその後見人3名が、
千葉周作門下の元・丸亀藩浪人・河西祐之助を父の仇として討ったのが、幕末の最後の
仇討ちと言われています。

その仇討の地が、浦和にあるのです。
与野宿から浦和宿になる途中の、この地に大きな一本杉があったため、
「一本杉の仇討ち」と言われていますが、今ではその一本杉も姿はなく、
「一本杉の仇討ちの碑」だけ残っているのみになりました。

今では仇討ちなど、完全に時代劇の世界で、フィクションの世界かと思いがちですが、
この「一本杉の仇討ち」が行われたのが文久4年(1864年)こと。
わずか150年ほど前の話なのですね。
たった150年前には、仇討ちが許されていた時代だなんて、時の流れに感慨深くなるのもよし、
近くには神社仏閣も多く存在していたりと、あちらこちらで旧宿場町の面影も残っていたり
するので、歴史を感じながら散策するのも良いと思います。

さいたま市浦和区針ヶ谷 最寄駅:JR北浦和駅東口から徒歩10分

東宝ハウス浦和

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この情報提供は東宝ハウス浦和が行っています。