浦和は縄文時代も栄えていた!?

浦和の暮らし

2019.10.12 UP

埼玉は意外と知られていませんが、行田市にある「埼玉古墳群」など古墳の数では全国でも有数で、吉見百穴など歴史的スポットも多いのですが、だいたい埼玉県北部に集中しているイメージがありますが、浦和も昔から栄えていたようなのです。

浦和が栄えていたといえば、今のうなぎ店の発祥ともなっている中山道の宿場町としてなので江戸時代だろうと思う人も多いですが、実はそれよりはるか前。縄文時代にも浦和は栄えていたのです。

さいたま市緑区馬場には、馬場小室山遺跡のという遺跡があり、数多くの縄文土器が出土品として出ているのです。

今ではもちろん勝手に掘り起こすことはできませんが、まだ子供の頃は、結構山を掘っていると土器がでてきたものです。

まだ馬場小室山は存在しており、土器を発掘はできませんが、ここに縄文人が暮らしていたと思うと歴史を感じて感慨深いですよね。

さいたま市緑区馬場   最寄駅:JR東浦和駅からバス15分

東宝ハウス浦和

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